カテゴリー: 愚痴

  • エースと4番だけで野球はできるか

    仕事で簿記の知識があると良いかもと思い始め、ある弁護士のブログの過去ログに簿記の話が書いてあったと思い、確認してみた。この弁護士は、物理系の修士→メーカー技術者→希望して知財に異動→弁理士→弁護士、という経歴の持ち主で、目標にしているというよりも仰ぎ見ている存在である。そして、確かに過去ログには簿記について書かれていたが、それとは違うところに目が止まった。

    上記の弁護士はご自身を省みつつ、理系の上のクラスの大学を出た人の発想は、プライドが高く、頑固で視野が狭く偏見に満ちていて、それは過去の自分のような人だから、遭遇するとすぐにわかる、と書いている。上のクラスかどうかは別にして、ある種の「理系あるある」のような気もするし、自分も同じような発想をするところがあると思っているが、(希望した訳ではないが)異動したことで緩和されたように思っている。

    そんな中、「自分が他部署に仕事をくれてやっている」という、上記発想の王道のような人を目の当たりにして、驚き呆れ、ムカついている。同じ社内で先方が客のような立場になるのだが、遠回しに「自分の思い通りにさせないと、お前らに仕事のネタを提供しない」という物言いをしてきた。

    元々彼らが好き勝手やり過ぎるので、チェック機能が働くように別の部署になっているのだが、少しでも技術的要素があることは全て自分の思い通りにしようという、身勝手極まりない振る舞いである。ネタを提供しないことは彼らの不利益にもなるのを分かってのことなので、こちらが折れると舐めているのだろう。「自分が会社を支えている」という気概は必要だが、「自分”だけ”が会社を支えている」まで行くと、単なる自惚れである。

    違うところに軸足を置けるように準備しつつ、上司を巻き込んで「売られたものは買う」方向で…とは思っているが、「長い物には巻かれろ」で終わる可能性だってある。果たしてどのような結末になるだろうか。

  • ポジティブ思考

    自分の立場が変わったことで、この会社の営業職は取引先の伝書鳩なのか?と感じる機会が増えた。余り真面目に思い詰めると健康に良くないので、「無能な馬鹿どもをサポートしてやっている」くらいに考えることにする。

    態度に出たりして。

  • 右から左、左から右

    今週は仕事で衝撃的な出来事があり、気持ちが昂ってよく眠れない日が続いた。

    過去に結んだ自社に不利な契約があって、それは素人でも分かる露骨な書きっぷりになっている。しかしながら、今の営業担当は該当箇所を見ても自社に不利な条項はないと言う。そこで具体的に指摘したら、それは客の解釈次第なので自分には答えようがないとの返事だった。

    該当箇所を見ても気付かない段階で、まともに契約書を読んでいないことが明らだし、その後の言い訳もお粗末過ぎる。「答えようがない」と「不利な条項はない」は違うだろうと返したら何も言ってこなかったが、当事者意識がないのか、馬鹿なのか、両方なのか…

    翻って自分を省みて、似たようなことをしてはいないだろうか。何も考えずに「先生」と呼ばれる人たちに丸投げして、返ってきたものを社内に投げる、みたいな。「人の振り見て我が振り直せ」だと考えれば、多少は怒りも収まってきた。

  • 今後のことを考える

    休みなんだけど、今後の業務の方向性について色々と考えているが、派手な打ち上げ花火みたいなのは無理ということだけは確かである。

    前任者が上辺の(本人は汗をかかずにすむ)業務改善は一通りやっているので、他部署を動かすとか、時間と労力を掛ける必要があるものだけが残っている感がある。前任者はそれから逃げたのかも知れない。

    「現在の問題は、ただ鉄と血によってのみ解決される」ということなのだろう。

  • 力なき正義は無能である

    上司のその場凌ぎの説明が酷すぎて、後で揉め事になる懸念があったので、待ったをかけようとしたのだが、そのまま上司が押し切ってしまった。そんな時に思い出したのがBlaise Pascalの言葉。あぁ、俺は無能なんだな、と。

    個人的には、上記の言葉と、J.J. Sakuraiの「本を読んだものの練習問題ができないという読者は何も学んでいないのだ」が結構強烈。

    そう言えば、ndiaryを使っていた頃は、J.J. Sakuraiの言葉の他に「数式を追う気力がなくなったら退役しろ」(鶴田匡夫)とか、「卑怯もへったくれもない、やられるお前が悪いのだ」(小学生の頃に読んだ漫画の敵役)というのをindex.htmlに書いていたなぁ。

    ということで、WordPressのことを調べて、Pascalの言葉を加えた4つを表示してみた。表示幅が狭くて改行されてしまうので、少なくとも自分のPC環境では改行なしで表示できるようにしたいのだが、これは後日ということで。

  • しれば迷い、しらねば迷わぬ

    仕事絡みの話なので、この後に続く言葉は豊玉宗匠のオリジナルとは異なるけれど、自分の未熟さを実感した時に思い浮かんだ。分かったつもりで分かってなかったなぁ、と。

    まずは初心に帰ることである。

  • 永遠のテーマ

    裁判では、当事者が属する業界の考え方とは違う考え方で判断されることが少なくない。この点、10年以上前に受講した研修での、元裁判官である講師の発言が印象に残っている。正確な文言は覚えていないが、「裁判所は法律に関する判断をするところで、どのような事案であっても、そこでの判断手法を決めるのは法律家である」という趣旨だった。

    そのときは「随分な上から目線だな」と思ったのだが、実務を経験していく中で、それがあるべき姿かどうかは別にして、「そういう世界もあるのだな」とか「実際に身を置いたことがない業界の出来事について判断しようとすると、そうならざるを得ないのだろう」と割り切るようになった。更に言うと、その判断手法を理解しないと、自分たちの存在意義を否定することになる。

    しかしながら、上記の経験がない人に、そういう世界があることを理解して貰うのは難しいことも理解している。かつての自分がそうだったのだから。

    今の仕事を続ける限り、付きまとう課題なんだろうと思っている。

  • 毒を食らわば皿まで

    文献を読んで、その内容をパワポ資料にまとめて、多忙なお偉いさんに説明するのがメインの業務になっており、今後もこの状況が続きそうである。それが必要なのも、それができるのが(この部署内では)自分だけなのも、そこで得られる知識を楽しめるのも分かるんだけど、それが自分の将来の役に立つのか怪しいのが悩ましいところである。

    内容だけなら学生の頃に研究室のゼミでやっていた、論文紹介のようなものではあるが、その先に自分の研究がある訳ではない。もっとも、ただブーたれても始まらないので、可能な限り楽しめることを追い求める方向で考えよう。

    気がつけば、資格試験の願書請求の受付が始まっていたので、早速請求の申し込みをした。こっちも頑張らないと。

  • 発作のようなもの

    試験勉強をしていると、その内容から連想される仕事での出来事について思い出すことがある。その中には非常に不愉快な出来事も少なからずあって、それが集中力を削ぐのが辛いところである。

    光学設計をしていた頃、自分の時間に光学の勉強をしていたときは、そこまで集中力を削がれなかったような気がする。これは気のせいなのか、好きでやっていることだったからなのか、どっちなんだろう。

  • 疲れた

    この土日は、かなりの時間をお偉いさん向けの資料作成に使った。社内政治的に急ぐ事情が発生したことが原因でもあるので、仕方ないという気持ちと、馬鹿馬鹿しいという気持ちが半分ずつといったところだろうか。

    ただ…一番得をするであろう人が、一番汗をかいていないというのが引っ掛かるんだよなぁ…

    今回のような集中力で試験勉強ができれば申し分ないとも思ったので、それは明日以降にしたいということで。